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高松高等裁判所 昭和61年(ネ)104号 判決

控訴人

宿毛商銀信用組合

右代表者代表理事

高須賀義登

右訴訟代理人弁護士

氏原瑞穂

被控訴人

山本松出こと韓松出

被控訴人

亡田中サヨ子訴訟承継人

田中武史

被控訴人

亡田中サヨ子訴訟承継人

田中浩二

右被控訴人ら三名訴訟代理人弁護士

赤松和彦

主文

原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求(当審において追加した予備的請求も含む。)をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、全部控訴人らの負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  主文同旨の判決

2  控訴人敗訴の場合は、担保の提供を条件とする仮執行免脱の宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

(請求の原因)

一  主位的請求の原因

1(一) 被控訴人山本松出こと韓松出(以下「被控訴人韓」という。)は、昭和五八年一二月九日、控訴人中村支店(以下「中村支店」ともいう。)において、控訴人に対し、別表(一)記載のとおり、中平竹通ほか九名の名義で、合計五〇〇〇万円を、期間三箇月(満期日昭和五九年三月九日)、年利率3.85パーセントの約定で、定期預金した。

(二) 承継前被控訴人亡田中サヨ子(以下「亡サヨ子」という。)は、昭和五八年一二月九日、中村支店において、控訴人に対し、別表(二)記載のとおり、田中武史ほか三名の名義で合計一〇〇〇万円を期間三箇月(満期昭和五九年三月九日)、年利率3.85パーセントの約定で、定期預金した。

2 右各定期預金(以下「本件定期預金」といい、右各定期預金契約を「本件定期預金契約」という。)は自動継続ということであったが、被控訴人韓及び亡サヨ子(以下右両名を「被控訴人韓ら」ともいう。)は、右預金契約の当初から、期間を三箇月に限定する旨の意思表示をし、さらに、昭和五九年一月一〇日、控訴人(中村支店)に対し、自動継続を停止する旨通知した。

3 本件定期預金の満期(昭和五九年三月九日)における被控訴人韓の預金の利息は四八万一二五〇円(計算式5,000,000×0.385×3÷12=481,250)、亡サヨ子の預金の利息は九万六二五〇円(計算式1,000,000×0.385×3÷12=96,250)となる。

二  予備的請求の原因

仮に、被控訴人韓及び亡サヨ子と控訴人との間に本件定期預金契約が成立していないとしても、控訴人の中村支店長である和田成生(以下「和田」という。)は、昭和五八年一二月九日、中村支店の支店長室において、控訴人への定期預金を受け入れるものとして、和田が同支店の支店長であることを信用した被控訴人韓から金五〇〇〇万円を、同じく亡サヨ子から金一〇〇〇万円をそれぞれ受領し、和田は、これらの金員について、部下である同支店次長森岡栄治に命じて金員の確認計算及び入金伝票の作成をさせた上、控訴人中村支店長名義の定期預金証書を作成し、右金員の一部は控訴人に所定の受け入れ手続をした。

したがって、仮に定期預金契約が不成立であるとすれば、被控訴人韓らは、和田が控訴人の支店長として、その権限を濫用して金員を騙取した不法行為により、それぞれ出捐した金額と同額の損害を被ったものであるから、控訴人は、民法七一五条一項に基づき、和田の使用者として、被控訴人韓及び亡サヨ子に対し、同人らの被った損害を賠償する義務がある。

三  被控訴人田中武史、同田中浩二の相続

亡サヨ子は、昭和六二年三月一日、死亡した。そこで、同人の子である被控訴人田中武史、同田中浩二が、亡サヨ子の法律上の権利義務を各二分の一宛相続した。

よって、主位的には本件預金契約に基づき、予備的には民法七一五条一項に基づく損害賠償として、控訴人に対し、被控訴人韓は金五〇四八万一二五〇円、及び控訴人田中武史、同田中浩二は各金五〇四万八一二五円並びに右各金員に対する本件定期預金の満期日である(予備的請求については不法行為の後である)昭和五九年三月一〇日から各支払ずみまで商事法定利率年六分(予備的請求については、民法所定の遅延損害金年五分)の割合による金員の支払を求める。

(請求の原因事実に対する控訴人の認否)

一  請求の原因一1(一)(二)及び2の事実は否認する。

被控訴人韓は、昭和五八年一二月九日、中村支店において、ことさらに和田個人に面接を求めた上、和田個人に対し、段ボール箱に入れて持参した現金六〇〇〇万円のうちから、和田個人よりその場で五四〇万円の天引先払を受けていたものであり、また、和田は受領した金員を控訴人の所定の手続に従った受入れを行っていない。このような経緯からみると、和田に対する金員の交付は、同支店を利用して、和田個人に対し、同人を通じて第三者に高利で貸与して有利な利殖を図る目的で行われたものであり、控訴人との間に預金契約を締結したものではない。

また、右六〇〇〇万円は、亡サヨ子が支出したとされる一〇〇〇万円が同人の出捐にかかるものであるか疑わしいのみならず、六〇〇〇万円全体についても、被控訴人韓及びその兄弟の営業の形態及びその前歴に照らして、真の出捐者が被控訴人韓であるかどうか極めて疑問である。

二  同二の事実のうち、和田が控訴人の中村支店長であったことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

定期預金証書は控訴人の所有であり、その直接の占有管理は支店預金係が排他的に行っているものであって、支店長は、所定の受入手続を経て預金係から上程された未完成の定期預金証書を完成させる形で関与できるにすぎない。したがって、支店長は、定期預金証書の作成については常に近接性を具有するものとは言えないばかりでなく、本件の場合は、和田が、正規の預金受入手続をとらないまま、自ら持ち出した定期預金証書用紙に支店長印を不正に使用し、月三分もの裏金利約定を伴う定期預金証書を作成していたのであるから、和田の加害行為には、職務執行との関連性の要件を充足できる事情は存在しない。

(抗弁)

一  主位的請求原因に対する抗弁

和田は、鬼谷繁明(以下「鬼谷」という。)、黒原善彦(以下「黒原」という。)の依頼に基づき、当座貸越契約も締結しないまま、鬼谷については昭和五五年七月から、黒原については昭和五六年一月から、それぞれいわゆる過振りをしていたが、右両名は、これらについて事後的な決済資金の調達もほとんど行えず、事実上、相当額の貸越(立替え)を受け、その額は、鬼谷は昭和五七年七月末現在で三億四四〇一万五五六〇円、黒原は同年五月末現在で一億一九七五万三四〇〇円となった。なお、鬼谷は、昭和五五年九月二日、高知相互銀行清水支店、黒原は昭和五六年一二月二日幡多信用金庫清水支店における取引停止処分を受けていた。

右のとおり和田は、自らの立場を濫用して控訴人の資金をもって立替えするなどして鬼谷らの振り出す手形の決済を行ってきたが、両名の振り出す手形の決済需要に応じ切れなくなり、控訴人に莫大な損害を与える結果が露見し、民事上・刑事上の責任を招来し、自らの立場も失いかねないことを慮り、自己又は鬼谷、黒原をして、形式上は控訴人に対する預金名下に第三者に金員を提出させ、これを右の決済需要に充当することを企てるに至った。

被控訴人韓及びその内縁の妻である亡サヨ子は、和田からこれらの資金の拠出を依頼され、すでに被控訴人韓の実兄山本松盛が同様の資金を拠出して月五分の裏利息を受け取っていたことも知っていたことから、和田の依頼に応じることとし、被控訴人韓は五〇〇〇万円、亡サヨ子は一〇〇〇万円を現金で高知市から中村市にある控訴人中村支店へ持参し、同支店応接室で和田に交付した。その際、和田と被控訴人韓らは、据置期間三箇月、裏利息月三分と定める旨の約束をし、和田から控訴人内部の正規の処理をまったく行わないままに作成した証書及び三箇月分の裏利息として被控訴人韓は四五〇万円、亡サヨ子は九〇万円を現金で交付された。

このような和田の一連の行為は明らかに任務に違背し、支店長としての権限を著しく逸脱濫用するものであるところ、被控訴人韓は、控訴人と同様の組織を有する信用組合高知商銀の理事に就任しており、預金等に関し、礼金・裏利息を授受することが背任罪等に問擬され得ることは充分知り得る立場にあり、かつ、右の現金の授受の際にも、これを知悉していた。

これらの経緯からすると、被控訴人韓らは、和田がその不正を隠蔽するためにその権限を濫用する行為を行っていることを了解の上で、被控訴人韓らもこれにより、不正な利得をするために、前記の金員の授受を行ったものであるというべきである。

したがって、仮に被控訴人韓らが控訴人との間に預金契約を締結していたと認められるとしても、被控訴人韓らは、前記のとおり、和田が権限を濫用し、控訴人に対する背信的意思があることを知り、又は少なくとも知ることを得べかりし状況のもとにおいて本件金員を拠出したのであるから、民法九三条ただし書の類推適用により、本件金員の受入れをもって控訴人に対抗することができない。

また、前記の裏利息の約定は公序良俗に反し無効であるから、右の裏金利の約定部分にとどまらず、本件預金契約全体が民法九〇条により無効である。

二  予備的請求原因に対する抗弁

被控訴人韓らには、和田が支店長としての権限を濫用して本件消費貸借契約を締結した点につき故意又は重過失があるから、表意者である和田に不法行為に基づく損害賠償義務が発生する余地はなく、したがって、民法七一五条一項に基づく控訴人に対する請求はその前提を欠いている。

(抗弁に対する認否)

抗弁事実はいずれも否認する。

第三 証拠〈省略〉

理由

一1  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  和田は、昭和五四年六月ころから昭和五八年一二月二三日まで控訴人中村支店の支店長の地位にあり、自らの権限で控訴人に対する定期預金を受け入れ、顧客に対しては定期預金証書を発行する権限を有していたものである。

(二)  被控訴人韓及び亡サヨ子は、かねて控訴人の中村支店の支店長(当時)和田から預金の勧誘を受けていたところ、昭和五八年一二月九日午後一時ころ、中村支店に和田を訪ね、支店長室において、和田に対し、控訴人の定期預金(期間三箇月、利息年3.85パーセント、自動継続)に預け入れるものとして、被控訴人韓は現金五〇〇〇万円を、亡サヨ子は現金一〇〇〇万円(以下右の合計金六〇〇〇万円を「本件金員」という。)を交付した。

(三)  和田は、現金を受領すると、その額の確認を店頭にいた森岡栄治次長に指示し、森岡次長は、支店長室の外で、控訴人の職員の西和彦と共に約一時間近くかかって、右の金額の確認を行った。

(四)  その間、和田と被控訴人韓及び亡サヨ子は、支店長室で、裏利息を月三分とすること、預金は、被控訴人韓について五〇〇万円ずつ一〇口に分け、それぞれの名義人は別表(一)の名義欄記載のとおりとし、亡サヨ子については二五〇万円ずつ四口に分け、それぞれの名義は別表(二)の名義欄記載の名義とすることを合意した。

(五)  次いで、和田は、店頭の預金係へ預金受入手続の指示などをまったく行わないまま、支店長室で、控訴人の正規の定期預金証書用紙に、本来預金係が記入することになっている部分まで自ら記入するなどして、定期預金証書の作成を始めた。そして、右作業の途中で、森岡次長が、金種の明細を記した副票を添えて支店長室にいた和田に金額の確認ができた旨報告に来たので、和田は、同次長に、定期預金証書の作成を手伝うように指示した。右の時点では、本件定期預金証書一四通のうち、各証書の金額欄の末尾の押印(本来は、この押印は、預金係がすることになっている。)と亡サヨ子分の四通の定期預金証書の名義人欄以外は記載されていたので、同次長は、和田の指示に従って、各証書の金額欄末尾には自己の印を押印し、サヨ子分の四通の定期預金証書には、別表(二)の名義を記入して、本件定期預金証書を完成させた。

(六)  和田は、これらの一連の作業が済むと、支店長室で、被控訴人韓らに対し、本件定期預金証書一四通及び前記合意に基づく右両名分の三箇月の裏利息五四〇万円を現金で被控訴人韓らに先払いした。

以上の事実が認められる。

なお、〈証拠〉によれば、被控訴人韓らが前記金員を中村支店に持参したときには、これらの現金は六〇〇〇万円がダンボール箱に一緒に詰められていて、被控訴人韓の分と亡サヨ子の分とには区別されていなかったことが認められるけれども、〈証拠〉によれば、別表(一)の預金がすべていわゆる三文判が用いられているのに対し、別表(二)の預金については、いずれも預金についても亡サヨ子の同一の印章(右印章は、亡サヨ子が本訴の原審において提出した訴訟委任状に押捺したものと同一である。)が用いられていること、別表(一)の名義人が同表番号9を除きすべて架空名義であると認められるのに対し、別表(二)の名義人は同人やその子供の名義など実在の人物の名義を使用していること、被控訴人韓は、右預金が亡サヨ子の出捐にかかるものであることを争っていない(被控訴人韓は、昭和五九年七月二七日ころ、代理人を通して本件定期預金の返還を請求した際にも、別表(二)の定期預金については請求していない。)ことを総合すると、被控訴人韓らが持参した六〇〇〇万円のうちの一〇〇〇万円の出捐者は、前記認定のとおり、亡サヨ子であると認めるのが相当である。

また、被控訴人韓の用いた名義の大半は架空名義であり、原審及び当審における証人森岡栄治、同和田成生の各証言によれば、被控訴人韓は、パチンコ店を経営していること、中村支店に持ち込まれた前記六〇〇〇万円の現金は、ダンボール箱に詰められ、銀行の帯封などはなく単に輪ゴムで束ねられていただけであり、金の種類も一〇〇〇円札と五〇〇〇円札が多いことが認められるけれども、これらのことだけからでは、右金員が被控訴人韓らの経営するパチンコ店の簿外資金であると認定するのは困難であり、右各事実は、本件金員が、被控訴人韓又は亡サヨ子の出捐にかかるものであるとの前記認定を左右しない。

前記(三)ないし(六)の認定と反する原審における被控訴人韓本人尋問の結果は、前掲の各証拠と対比して容易に措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、和田は、昭和五八年一二月九日、控訴人の中村支店長として、被控訴人韓及び亡サヨ子との間で、同人ら主張のとおりの内容の本件定期預金契約を締結したものと認めることができる。

2(一)  しかし、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 和田は、前記認定のように、本件定期預金契約について、通常の定期預金の入金手続を履践しなかったばかりでなく、事後的にも、預金係及び出納係に対し、受領した本件金員を引き継いだり、定期預金との入金手続きを行うように指示したことはなく、控訴人の定期預金の元帳にも、本件定期預金についての記帳はされていない。

(2) 和田は、本件金員を控訴人に対する預金として入金することなく、後述のとおりの過振り決済の資金又はその穴埋めに使用したが、具体的にどのように使用したかは、その後の控訴人の調査によるも判明していない。

(二)  また、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 和田は、昭和五五年七月ころから、その任務に背き、控訴人と当座勘定取引契約を締結していた鬼谷、黒原らほか三名の者につき、これらの者と控訴人の間には当座貸越契約がないにもかかわらず、これらの者が振り出す手形等について、その決済資金を立て替えることを繰り返した。和田がこのように不正に貸し越した額は、鬼谷及び黒原についてだけみても、鬼谷につき昭和五七年七月末現在で三億四四〇一万五五六〇円、黒原につき同年五月末現在で一億一九七五万三四〇〇円になっていた。

(2) このような中で、和田は、次第に中村支店の資金も枯渇したため立替決済を続けてゆくことが困難になってきたが、右の背任行為が露見することをおそれて立替決済を継続し、また、欠捐金の穴埋めをするために、昭和五六年末ころから、恣に控訴人の定期預金証書を発行し、それによって、控訴人への預金名下に資金を集めることとした。したがって、これらの預金名下に集められた金員は、正規の定期預金としての受入手続は経由されず、和田によって、自ら立替資金の穴埋め及び新たな立替決済の資金に使用された。

(3) 被控訴人韓の実弟韓文吉(通称山本文吉。以下「文吉」という。)及び実兄韓松盛(以下「松盛」という。)は、被控訴人韓と同様にパチンコ店を経営しているものであるが、文吉は、昭和五七年から昭和五八年にかけて、川渕勇の紹介で、和田に対し、二回にわたり、裏利息として月三分の割合による金員を受け取る条件で、金三〇〇〇万円を控訴人に対する定期預金(期間三箇月)とする名目で交付した。なお、右の裏利息は、それぞれ現金を交付した時点で、現金又は控訴人の中村支店長振出の自己宛小切手(以下「支店長小切手」という。)で支払われたが、その際、仲介人の川渕勇に対しても、月二分の割合による手数料が支払われた。

(4) また、松盛は、文吉の取引が終了した後、文吉と同様に、昭和五八年秋ころ、和田に対し、金四五〇〇万円を控訴人に対する定期預金(期間三箇月)名下に交付し、右交付時に、裏利息として月三分の割合の現金を受領した。

(5) しかし、松盛は、その後、右定期預金契約を期間途中で解約したため、和田は同年一一月二六日、その元利金四五三五万九九七六円を支店長小切手で高知市の松盛の事務所まで持参して支払った。

その際、同事務所にいた被控訴人韓を知り、同人にも預金をしてくれるように依頼し、同人は、後日これに応じる意向を示し、本件の定期預金に至った。

(6) 和田の前記(1)の背任行為は、本件定期預金契約締結後間もない同年一二月末ころ、発覚し、その後、和田は、これらの背任の罪で懲役二年の実刑判決を受け、服役した。

(7) 被控訴人韓は、本件定期預金契約当時、控訴人と同様の組織である信用組合高知商銀の理事の地位にあり、また、亡サヨ子とは、男女関係のある親密な関係にあった。

以上の事実が認められる。

原審における被控訴人韓本人尋問の結果中には、右認定に反する部分があるが、前掲各証拠と対比して、容易に措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三) そこで、前記1に認定した本件定期預金契約時の事情と右(二)の各事情を総合すると、被控訴人韓及びサヨ子が、各人の居住地からかなり遠い控訴人の中村支店に本件のような高額の定期預金を行うに至った動機は、和田から月三分という高額な裏利息が支払われるためであると認められるところ、裏利息の支払を伴う本件定期預金の勧誘は、仲介者を通さずに和田自身から持ち掛けられたものであること、被控訴人韓らに対する裏利息は、本件金員の受け入れ直後に和田から直接現金で支払われていること、文吉との取引の際には、和田の支店長小切手でこれらの利息分が支払われたこと(文吉と被控訴人韓の身分関係及び本件定期預金契約締結までの経緯に照らせば、被控訴人韓は、右の事実も知っていたものと考えられる。)などの事実に照らせば、被控訴人韓らは、右の裏利息が控訴人の金員又は和田が受け入れる預金の中から支出されることを容易に推察できたものと認められる。

また、被控訴人韓は、同人自身が、当時、控訴人と同様の金融機関である信用組合高知商銀の理事の地位にあったのであり、また、亡サヨ子は、当時、被控訴人韓と親密な男女関係にあり、本件定期預金契約の締結も、被控訴人韓と一緒に行ったものであるから、同人らは、控訴人のような金融機関においては、支店長が、前記のような高額な裏利息を正当な権限の範囲内で支出できる余地はないこと、また、経営的にみても、通常の資金の運用では、控訴人が、右のような高額の金利を支払えるはずがないこと、本件定期預金の受入手続は、支店長の和田自身が現金を受け取り、その場で預金証書を作成するなど通常の定期預金の受入手続と比べると異なっていることなどを認識していたものと認められる。

したがって、本件定期預金契約の締結の際には和田以外の控訴人の職員も一部関与しているけれども、右に述べた事情のもとでは、被控訴人韓及び亡サヨ子は、和田が本件金員を真実控訴人の定期預金として受け入れるつもりではないとの真意を知り得べきものであったと認められるから、和田がした本件定期預金契約は、民法九三条ただし書の規定の類推適用により、無効であるというべきである。

よって、控訴人に対し、本件定期預金契約に基づいて、本件定期預金の返還及びその利息金の支払を求める被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

二次に、被控訴人らは、予備的請求として、控訴人は民法七一五条一項に基づき和田の使用者として損害賠償責任を負うべきあると主張するので、この点について検討する。

前記認定の事実関係によれば、和田が行った本件定期預金契約締結行為は、外見上は、和田の使用者である控訴人の事業の範囲内のものであると認められる。

そして、一般に、被用者の取引行為が、その外形からみて、使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでなく、かつ、その相手方が右の事情を知り、又は少なくとも重大な過失によりこれを知らないものであるときは、その相手方である被害者は、民法第七一五条により使用者に対して、その取引行為に基づく損害の賠償を請求することができないと解するのが正当である(最高裁判所第一小法廷昭和四二年一一月二日判決、民集二一巻九号二二七八参照)。

これを本件に即して検討すると、前記一2(一)、(二)で認定した事実関係によると、被控訴人韓及び亡サヨ子は、本件定期預金契約を締結するに当り、和田において月三分という高額の裏利息の支払を約して定期預金契約を締結することが、控訴人の支店長としての職務権限内において適法に行われたものでないことを知っていたことが推認され、仮に知らなかったとすれば、右事実関係のもとにおいては、容易に知ることができたと認められるので、その知らなかったことに重大な過失があるというべきである。したがって、被控訴人韓及び亡サヨ子は、民法第七一五条一項により和田の使用者である控訴人に対して、和田の本件定期預金取引行為に基づく損害の賠償を請求できない。

よって、被控訴人らの民法七一五条一項に基づく控訴人に対する本訴請求も理由がない。

三以上の次第であるから、控訴人の本訴請求は、当審で新たに追加された予備的請求も含めて、いずれも理由がないから、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人らの請求(当審における予備的請求も含む。)を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柳澤千昭 裁判官滝口功 裁判官市村陽典)

別表(一)

番号

証券番号

名義

金額(円)

1

一六三一

中平竹道

五〇〇万

2

一六三二

高橋靜枝

右同

3

一六三三

中山康男

右同

4

一六三四

中山清子

右同

5

一六三五

島崎哲

右同

6

一六三六

島崎誠一

右同

7

一六三七

島崎和子

右同

8

一六三八

石川正男

右同

9

一六三九

田中サヨコ

右同

10

一六四〇

森下忠義

右同

右合計五〇〇〇万円

別表(二)

番号

証券番号

名義

金額(円)

1

一六二七

田中武史

二五〇万

2

一六二八

田中松出

右同

3

一六二九

田中さよ子

右同

4

一六三〇

田中浩二

右同

右合計一〇〇〇万円

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